昭和23年4月 資本金19万5千円にて多木化学株式会社の特約店となり、
株式会社嶋屋商会と改組、本社を姫路市飾磨区天神に置き、建設資材、藁工品、農機具を取り扱う。
昭和25年8月 肥料統制撤廃により、肥料販売開始
昭和30年4月 資本金100万円に増資、化学工業薬品、農薬販売開始
昭和43年1月 公害対策事業、試薬、理化学機器販売開始
昭和46年12月 緑化サービスセンターを開設し、緑化関係事業を開始
昭和47年8月 資本金300万円に増資 商号を株式会社シマヤに変更、 姫路市飾磨区思案橋60番地に本社事務所、倉庫を新築し移転
昭和51年7月 水処理用消石灰配送センターを設立。排水処理に関する商品群を取りそろえる。
昭和52年4月 資本金600万円に増資
昭和61年4月 資本金1000万円に増資
平成16年8月 東京三菱銀行引受無担保社債5,000円(私募債)発行(第一回)
平成18年8月 『エコアクション21』認証登録、環境省推奨の環境経営システムに適合認定を受ける。
平成19年9月 高度医療機具販売資格取得
平成20年6月 三菱東京UFJ銀行引受無担保社債5,000万円(私募債)発行(第2回)
平成25年2月 大津区平松に網干営業所を開設

嘉永元年(1848年)

嶋屋干鰯魚問屋株譲受干鰯を独占的に商う

文久2年(1862年)

嶋仁之助 姫路藩飾万津、町方大年寄に任命され、苗字帯刀を許される。

明治13年(1880年)

島仁左衛門 宝永講の講元となる。順天合資会社、飾磨銀行、播陽石炭会社を設立、同時に管理農地を拡大する。

明治43年(1910年)

先々代仁左衛門没

飾万津御免問屋札
(姫路文学館に寄託中)
大坂中嶋蔵屋敷引替所 文政元寅年駄賃手形
陣笠、法被、旗は大年寄の装束で、農村において災害が起こった時には
大庄屋にあたる大年寄が、このいでたちで指揮命令をしたと謂われる。
江戸末期の弘化〜嘉永年間以降「嶋屋」の躍進を支えた干鰯倉庫
(飾磨区須加)
昭和以降のシマヤ
元和2年(1616年) 徳川家康没
元和3年(1617年) 姫路城四代目城主 本多美濃守忠政より嶋屋九郎左衛門、魚問屋株を認められ、飾万津(現姫路港)にて屋号を「嶋屋」として姫路藩出入りの商人となる。
創業時『嶋屋』の時代
旧嶋屋商会事務所前にて
右 島健八

多木化学二代目社長
多木三良氏
多木肥料特約店
看板
会社沿革
1837年〜徳川家慶の時代
弘化3年(1846年)

飾磨津湛保築造

弘化4年(1847年) 飾万津室津干鰯商い争論の後、飾万津が北前船の姫路藩の主たる揚げ地となる。
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昭和20年(1945年) 第二次世界大戦終結
昭和22年(1947年) 農地改革
昭和23年(1948年)  島健八 株式会社多木製肥所(現:多木化学株式会社)
二代目社長多木三良氏の支援を得て、
 嶋屋商会として
家業再興する。
昭和28年(1953年) 先代仁左衛門没